香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

即興ジンクス



オフィスの昼休み。

アンフィニの癒し音楽を小さな音で流しながら、

椅子の背もたれを倒して昼寝をしていた。

その時、あまり好きではない音楽が流れはじめ、

飛ばそうかな、と思っていたら、電話が鳴った。

本社の管理部長からで、来月の中旬に、、

上海での会議をアレンジしてくれ、という依頼だった。

僕が長期休暇に入る直前の日程だ。

なんでこんな時期に…。


そのとき、もう長いこと経験していなかった、

〝勝手に作った小さなジンクスシリーズ〟が、

久々に出て来た。


「さっき、好きじゃない音楽を聴いてしまったから、

 こういう〝うざい〟ことが起こってしまったんだ!」


何の根拠もなく、経験に基づく裏付けもない、

自動反射的に湧き上がってきた、即興のジンクス。


ただ流れていただけの音楽にしてみれば、

〝いちゃもん〟以外の何ものでもない。


我ながら思う。


「ホント、自分以外のもののせいにするためだったら、

 人であろうが、音楽であろうが、何でもいいんだな。

 もう、狂ってる、としか言いようがないよ。」


こういう強迫観念的なものが出てくるのって、

僕だけなのかなあ。他の人はどうなんだろう?


13階には絶対に住まない、とか、財布は金色、

といった、迷信や縁起担ぎ的な信念ではなく、

前を歩くあの人を、あの信号までに抜かせたら、

今日はいいことがある、とか、

前から何両目の、あの電車に乗らなければ、

プチ・アンラッキーに見舞われる、みたいな観念…。


そもそも、いつから自分はこんなバカみたいな考えに

囚われるようになったのだろう?

思い当たる節はある。

香港で仕事を初めて少し経った、20代後半くらいの頃、

突然〝脚が無くなる〟という強迫観念に捕らわれた。

仕事中も、食事中も、彼女と一緒のときも、

「脚が無くなったらどうしよう…?」という、

わけのわからない恐怖に一日中付き纏われた。


それと同時に、

チェーンソー、刃物、グロな映画、パラリンピック、

など、脚を失うことを予兆させるようなもの全てが、

恐怖の対象になった。

実際に足の不自由な人に遭遇しようものなら、

もうその日一日がブルーで、なにも手に付かなくなる。


もう、何をやっていても楽しくない。

何のきっかけもなしに始まったので、

ただただ恐ろしく、慣れない香港の生活と相まって、

当時は相当きつい毎日を送っていた。


唯一、恐怖に襲われたときにやっていたことが、

〝悪魔よ!去れ!〟と心の中で一喝することだ。

叫んだときだけ、恐怖は去った。


だいたい、1年くらい続いただろうか。

そのへんてこりんな恐怖から抜け出す、

きっかけとなる出来事があった。


ある日本の友人が香港に来て、僕の家に泊まった。

山の上にある『蓮佛寺』というお寺を訪ねよう

ということになり、二人バスに乗って出かけたのだが、

本堂へと続く山道を、友人は軽々と登ってゆくのに、

なぜか僕は、大きな岩を背負ったかのように体が重く、

息も苦しくなって、歩くこともままならなくなった。


それでも、友人の助けを借りながら、

ゆっくりと這うようにして山を登り、

息も絶え絶えに、なんとか本堂に辿りついた。

そして、仏像の前に膝まづいて参拝した途端、

重石が取れたように、ぱっと体が軽くなった。

それから、山を下り、帰宅したころには、

例の〝脚が無くなる〟という強迫観念が、

跡形もなく消えてしまっていた。


それで、いま、この話を書いていて思い出したのだが、

その当時住んでいたアパートがヘンだった。

夜、寝ていると、誰かが入ってくる気配を感じたり、

お経を読んでいる声が聞こえたり、

自分が寝ている布団の上で、

子供らしき影が、ポンポン飛び跳ねていたりした。

当時は若かったし、仕事も大変だったので、

そんなことを気にする余裕もなく住み続けていた。


しかし、今思えば、お寺から帰ってきたその日から、

上記のような現象も起きなくなったような気がする。


せっかく思い出したので、これらの狂った妄想を、

消えてゆく姿、訂正されるべき誤り、として、

決断の主体の場所から、兄貴へと明け渡してゆく。


後は、「兄貴、どうぞ!」と、ダチョウ倶楽部状態で、

ハートが延長するに任せてフィニッシュ。


きょうは、まあ、こんな感じだったかなぁ。

(おい、仕事せえよ!← from 社長)