香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

プチムカッ!


ここのところ、香港にいることが多いので、

仕事を終えると、まるで丸の内のOLの如く、

静かでおしゃれなバーやカフェに立ち寄り、

ひとり、奇跡講座を再読しながら過ごしている。

そんな、ゆったりとした時間の中、

仕事や、創作や、肉体改造など、

自分がやっているひとつひとつの事柄を、

故郷へ戻るステップとして、丁寧に委ねている。


そうすると、

現実世界が、自分の心の中そのもののように思え、

どうせ自分の心の中だけで起きているのだし、

相手も自分が外へ追いやった心の投影なのだから、

わざわざ、きゃんきゃん言い返したり、

反応する必要もないか、とゆったりと構え始める。

それはまるで、90歳くらいの老人が、

2階のベランダの椅子に腰掛け、日がら一日、

静かに通りの様子を眺めている様子に似ている。


眼前で展開される全ての幻を、ただ通過させる。

仕事の時などは、普通にやり取りをするのだが、

そういう自動反射的な自分の行為でさえ、

心の中で起きていることとして観ている。


↑ジャズの演奏が始まった。

香港事務所では、毎朝、九時ちょうどに、

全員(と言っても4人)が輪になって集まり、

簡単な朝礼を行なっているのだが、今日、

日本人の調達部長が3分ほど遅刻してきた。

この朝礼も、本来は彼の発案で始めたことで、

他の現地スタッフはちゃんと10分前に来ているのに

ちょっと個人的な用事で…、と遅れてきたのだった。


何かモノ申したい自分の想いが、

沸々と湧き上がってくるのかな、と思いきや 、

あっ、これは自分の心の中で起きてる事だった、

と気づき、それなら自分で自分を赦すしかないな、

と、すぐに観念していた。


その時の一瞬の想いをうんと引き伸ばしてみると、

「ああ、自分はいま、自分の心の中に居るんだ。

 ということは、彼も自分の心の投影であり

 彼は僕なんだ。だったらもう、赦すしかないか。

 それに、ここが〝自分の中〟なのだったら、

 外に向かって何か言う必要などなく、

 自分の心の中を変えればいいだけだし…。

 無罪のものを、無罪として引き取り、

 開放させてやるだけでいいんだ。

 なぜなら、彼がしたことを赦すように見えても、

 結局は自分の間違った考えを赦してるに過ぎない。

 だったらもう、

 この世界(心)自体を、兄貴に渡してしまおう。」


とまあ、そんな感じか。


以前、佛山でふぁちゃんたちと、

仮事務所となる部屋を下見に行った際、

管理所の職員に文句を言いまくっていたが、

今の自分だったら、多分そんなことはしないだろうな

と思いを新たにした次第である。(笑)

こんなふうに、

時間が経てばすぐに忘れてしまうような、

ちょっとした〝プチムカッ〟や〝プチイラッ〟

を赦すって、すっごく大事だな、

とつくづく感じている。

〝ドッカーンッ〟ではなく〝プチ〟であるが故に、

根底に赦しがあれば、何を言っても構わない、とか、

兄弟を信頼しているから自分をさらけ出していい、

と、先の〝管理職員文句言いまくり事件〟のように、

自分の中でうまーくすり替えてしまう。

すり替えを回避するには、やはり、

自分が肉体を持って暮らしているこの現実世界が、

自分の心の中を投影している妄映である、と、

心から実感することが大切になってくる。

「この世界は幻想?ああ、知ってる、知ってる。」

と、気づきがスカ食らったような実感ではなく、

空気がある、と信じているのと同じくらい、

リアルで当たり前な感覚でなければならない。

それにはまず、J兄貴に自分の世界(心の中)を、

全面的に任せてしまう。

見えている世界を丸ごと管理してもらうのだ。

うちの会社の前社長ではないが、

自分でやって全てうまくいかなかったのだから、

ここはもう、他のできる誰かに任せ、

自分は退いた方がよい。

↓ 管理職員罵り事件の記事の参照はこちら ↓エゴ依存症 - 香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー


僕もまだまだ、行ったり来たりの毎日ではあるが、

J兄貴はいつも僕のそばに寄り添ってくれている。

体験を通して、少しずつ導いてくれている。

その確かな声だけに耳を傾ける。