
今回、
奈良ホテルに泊まることをシスコ兄貴に告げたら、
自分も由緒ある歴史的ホテルに泊まってみたい、
と言いだし、一切観光はしないことを念押しした上で、
急遽もう一部屋予約し、一緒に行くことになった。

奈良ホテル周辺には、コンビニや飲食店がないため、
毎回、宿泊する際には、奈良駅前のスーパーで、
事前に食料やワインを買ってから向かう。
いつも一人で泊るので、夜ご飯も、
事前に買った弁当を部屋で食べていたのだが、
今回は連れができたということもあり、
ホテルのレストランでディナーをすることにした。

周囲の客は全員日本人で、穏やかな感じの老夫婦、
若いカップル、おじいさんと若い女性(笑)、と様々だ。
フルコースの料理は、目が飛び出るほど高かったが、
腰が抜けるほど美味く、目と舌を駆使して、
今この瞬間に顕れている〝神〟を存分に味わった。


シスコ兄貴とは、
ゆっくりと食事を楽しみながら、いろいろな話をした。
彼の人生はまさに小説のようだった。
幼少期から母親に暴力を振るわれて育ち、
17歳の時に父親が愛人に刺されて死亡、
その後、父親の死亡保険金で西中島に雀荘を開き、
18歳にして店を経営しながら大学を卒業したのだが、
地上げ屋の罠にはまり、32歳の時に雀荘を手放した。
(雀荘を売ったお金は全て母親に持っていかれた…)
その後、昭和の大衆食堂を営みながら、お金を貯め、
(ガラスケースからおかずを取って食べる昭和の飯屋)
37歳で単身アメリカに渡った。


アメリカでは、ビザのためにすし職人として働きながら、
看護師の学校に通い、看護師免許を取得した。
その後も、昼夜問わず働き続け、アメリカ国籍を得た。
こうして、紆余曲折を経てひと財産を築き、
67歳になった今、日本でマンションを購入して、
大阪で穏やかな余生を送るつもりなのだという。


はしょって書いたので、伝わらないかもしれないが、
親との愛憎、異国で受けた差別、過酷な労働、など、
自分の人生に顕れる不条理のひとつひとつを、
彼は本当によく赦している、と思った。
「昔の嫌なことを、なぜか全く思い出されへんねん」
と彼はニコニコしながら言う。
そう、彼はただにこやかに事実を話しているだけで、
そこには、憎悪や悲観といった思いが全くない。

このとき僕は、
赦しというのは、何かのスピ的なワークをしたり、
奇跡講座の理論を学習するだけではなく、
体験によって成されるものなのだ、と実感させられた。
👇 奈良ホテルいろいろパート2
過去のどんなストーリーを語ろうが、今この瞬間は、
歴史あるホテルで美味しいディナーを食べている。
そう、人生の物語は思いの中にしかなく、
これっぽっちも実体がなかったのだ。
なんていうか、雲を見て、その形を変えようとか、
変わらないようにしようと悩んでいるような感じ。
上手く言えへんけど…。