香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

エゴのささやき

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筋肉痛は、昨日よりだいぶマシになった。

 

それでも、

 

筋肉痛が来るのは、成果が出ている証拠なので、

 

嬉しいことは嬉しいが、今回のはチト辛すぎる。

 

トレーナーにそのことをLINEで伝えると、

 

年齢を重ねると回復も遅くなるのだと言われた。

 

きいいーっ!エゴの囁きなんか、信じないぞっ!

 

 

いま〝背後で生きている〟ことがとても心地よい。

 

もちろん、起こるべきことは起こってくるけれど、

 

それに反応している自分も含めて、

 

それら自我のささやきを、相手にしなくなっている。

 

 

というのも、昨日の夜、眠りに落ちる寸前、

 

背後で神の流れそのものでいたとき、突然、

 

ふっ、と、誰かの一言を思い出し、そこから、

 

来週の仕事の段取りへと思考が発展していった。

 

エゴがささやいている、と思った。

 

 

次の瞬間、

 

「もう、そんなん要らんねん。うざい。消えろ」

 

とエゴに向かって、反射的にかなり強く叫んでいた。

 

ささやきがピタッと止まり、頭の中が静かになった。

 

と、次に、エゴに対するナゾの罪悪感が出て来た。

 

エゴを咎めてしまった、という罪悪感…。ナゾだ。

 

 

しかし、すぐに、

 

背後に広がる神の優しい愛の流れを思い出した。

 

ああ、自分はありもしないものを信じている。

 

「僕はもう、兄貴しか絶対に信じないっ!」

 

と宣言し、それから、再度、背後へと戻っていった。

 

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それで、今日もオフィスで仕事をしていると、

 

コンババ部長から電話がかかってきて、

 

細かい経理上の事について訊かれた。

 

電話を切ると、もう一人の日本人が僕に向かって、

 

「星谷さんもいろいろ大変ですねえ」と言ってきた。

 

別に大変な内容の電話ではなかったのだが、

 

〝勝手な解釈で〟同情されたことにイラっと来た。

 

 

しかし、このときも即座に、エゴに向かって、

 

「はい。もう、ウソは信じません。」と言い放ち、

 

再び、背後の愛の歓びの中へと入っていった。

 

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このように、

 

背後の神の歓びの流れの中に在るからと言って、

 

何も起こらなくなるわけではない。

 

しかし、子供がつくウソと同じくらい容易に、

 

それがでっち上げで、起こっていないと分かるので、

 

その都度、宣言して神へと戻っている。

 

そしてそれが、いまの僕の赦し、となっている。

 

 

オート断捨離

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筋肉痛がひどい。

 

筋トレをしたのは先週の土曜日なのに、

 

まだ全身の筋肉がパンパンに腫れている。

 

なんか、即席マッチョになった感じ。(笑)

 

特に大胸筋の筋肉痛がひどくて、

 

ちょっと荷物を持っただけでキンキン来る。

 

今週末はマッサージにでも行くことにする。

 

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いま〝内側をひっくり返して生きる〟という、

 

アニータの言葉を噛みしめている。

 

人生をひっくり返したかったら、

 

内側をひっくり返して生きろ、と言うのだ。

 

 

僕はこの言葉を、自分の心の中の世界、

 

背後の見えない世界、実相世界の方を、

 

真実として生きるという意味で捉えている。

 

 

それは自分が、

 

他の肉体や思考に乗っ取られ、

 

外の世界に影響されて生きる人間ではなく

 

神そのもの、愛そのものの存在であることを

 

当たり前として生きている状態のことだ。

 

 

背後の世界が圧倒的リアルになり、

 

ハートのエクスタシーの流れに身を任せ、

 

神の愛の想いそのもので在る自分を、

 

自分が男(または女)であることと同じくらい

 

リアルに自覚しながら生きていると、

 

思考が現実を作っているのではなく、

 

自分が誰であるかという自覚と信念こそが、

 

現実を作っているのだと理解できてくる。

 

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背後をメインに生きるようになると、

 

現実に、どういう風に振舞うようになるか、

 

と言うと、これはあくまで僕の場合だが、

 

愛と感謝を持っている人や物や事にだけ、

 

反応するようになる。

 

自分の存在を愛し、大切に扱ってくれる人

 

にのみに反応し、付き合うようになる。

 

そうでない人は、自動断捨離、となる。

 

で、もうすぐ僕も、

 

古い自分を自動断捨離というわけなのだ。

 

 

なので、

 

内側をひっくり返して生きたら、

 

どんな人も愛にしか見えなくなった、とか、

 

見え方が変わり、嫌な人も愛に変わった、

 

というふうにはならない。

 

自分が本当は誰であるかを自覚出来たら、

 

行動がそれに伴ったものになるので、

 

実際に何かを言えたり、できたりする。

 

そこに〝勝手にそうなっていく〟感はない。

 

 

なんか、割れた風船にように

 

内側が裏返って表に出て来た。

 

 

おうちパワースポット

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昨日は自分で…、

 

そう、この僕が、ジ・ブ・ン・で、

 

20年ぶりに家の掃除と洗濯をした。

 

 

分かったのは,

 

意外と、トイレと風呂場の掃除が大変なこと。

 

ウチにはなぜか無駄にトイレと風呂場が二つあり、

 

掃除が大変なので、

 

今後はどちらか一方しか使わないこととした。

 

 

クリーナーを噴霧して家具を拭き、

 

ガラスや、鏡や、風呂場のタイルを磨き、

 

床に掃除機をかけ、モップ掛けをし終えた頃に、

 

ちょうど洗濯物の乾燥が終わったので、

 

一つ一つたたんでクローゼットにしまい、

 

ワイシャツにアイロンをかけて、しゅーりょー!

 

ああ、疲れたあ~。2時間半くらいで終わった。

 

プロの主婦の人ってどれくらいでやるんだろう?

 

こんなの毎日やってるんだろうか?

 

まあ、以前何度もブログに書いている通り、

 

今度生まれ変わったら絶対専業主婦だよ、

 

稼がなくていいし、一日家にいれるし、

 

旦那が自衛隊員でアラブに派遣されて、

 

数年返ってこなかっらチョーラッキー、

 

などとほざいたりしていたが、

 

主婦も案外大変なことが分かった今日この頃…。

 

(ちょっとそこの主婦のあなた、赦しなさい)

 

 

でも、自分で家の掃除をやると、

 

心の中をきれいに磨いているようで、

 

とてもすがすがしく、気分がいい。

 

そういう意味で、僕にとっての家はまさに、

 

和みと癒しを与え、神(背後)へと戻るための

 

強力なパワースポットなのだ。

 

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今、ここに在る神に抵抗せず、

 

神の愛の想いの流れに身を任せるには、

 

自分が100%リラックスできる場所、

 

誰の意識の干渉も受けない場所が必要だ。

 

 

僕の場合、結婚もしておらず、子供もいないので、

 

一旦家の中に入れば、完全に自分一人だけの

 

プライベート空間となり、真っ裸でいようが、

 

大きなくしゃみをしようが、おならをしようが、

 

大声で泣き叫ぼうが、誰にも恥じることもなく、

 

思い切り、素の自分をさらけ出すことができる。

 

 

それでも、チョイ姐が来てくれていた頃は、

 

下着は事前に、洗濯機へ放り込んでおく、とか、

 

見られてはまずい本や書類は隠しておく、とか、

 

彼女が来る日はパソコンの電源を切っておく、とか、

 

自分の家にもかかわらず、色々気を使っていた。

 

もちろん、

 

これらの行動を、僕は無意識にやっていた訳だが、

 

神と出会うための大事な場所に、わずかではあるが

 

〝他者の目〟を入れていたことに、

 

僕は今になって気づいたのだ。

 

 

なので、今回、自分で掃除をしてみて思ったのは、

 

「ああ、これでやっと100%自分の場所になったな」

 

ということである。

 

 

なので、所帯持ちの方や、家族と同居している人、

 

パートナーと一緒に暮らしている人であっても、

 

完全にありのままの自分へと戻り、

 

内側の神と交流するために、誰にも邪魔されず、

 

いかなる人の視線や意識の干渉も入ってこない、

 

100%リラックスできる場所を持つことは、

 

とても重要であると思うのだ。

 

例えば、

 

自分の車の中とか、山の中、とか…?(笑)

 

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長時間、完全に一人きりで、内側を向いていると、

 

じわじわと神の想い(ハートのエクスタシー)が

 

湧き上がってくる。

 

ひょっとすると、一人になることを嫌っている人は、

 

この神の気配を嫌っているのかもしれない。

 

それで、自分の部屋で一人きりになったとしても、

 

神を見ないために、SNSやゲームをしている。

 

僕からすれば「なんてもったいない!」である。

 

 

というわけで、体中筋肉痛の僕である。

 

では、おやすみなさい。