香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

これ、本当に夢だから

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一カ月ほど前に、光の磁場が見える、と書いたが

 

ここへきて、その光の磁場がもう、

 

どえらいことになりはじめている。

 

当初、絨毯のように足元に拡がっていた磁場は、

 

あれからどんどん厚みを増し、今ではもう、

 

磁場の中で生活しているような感じとなっている。

 

目の前の空間が薄いベールのように透けて見え、

 

空間全体に光の磁場(正確に言うと粒子)が、

 

充満している感じだ。

 

何度も言うが、比喩でも、想像でもない。

 

本当にそうなっているのだ。(信じてくれーっ!)

 

会社で仕事をしていた頃(一週間前まで)は、

 

なぜか勤務中だけ磁場が消えてしまっていたが、

 

24時間、素の自分を生きるようになった途端、

 

待ってましたとばかりに、磁場が拡大していった。

 

光というより、振動する雲の中にいるような感じ。

 

 

 

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それで今日、足の怪我が回復してきたので、

 

上半身だけでも鍛えようと、自主練を再開した。

 

胸筋と背筋と二頭筋を重点的に鍛え、

 

最後バランスボールの上で腹筋をしていたとき、

 

もわもわと湧き立つ雲の中で、

 

ああ、ここに見えている現実と思っている映像は、

 

全部自分で創って、自分で見ている幻影(夢)だ、

 

と頭ではない、意識での理解が起こった。

 

トレーニングをしている人たちも、壁も、建物も、

 

自分の肉体さえも、雲のように揺らいでいる。

 

寝ている時に見る夢と同じで、もともと無いんだ、

 

という、スピで王道だと言われている真理が、

 

本当に夢だ、本当に無い、と、

 

腑に落ちて納得、実感できたのだ。

 

 

現実は自分が作っている夢の映像だ、と言われて

 

ああ、知ってる、知ってる、基本中の基本じゃん、

 

と思う人も多いと思うが、チッ、チッ、チッ、である。

 

本当に体感としての理解が起こると、

 

映像を思いのままに変えることもできるし、

 

新たな現実を創造することもできるし、

 

消去することもできる、ことが本当に解かる。

 

そして、どれを選択しても、間違いではない。

 

現実を歓びと平安で満たし楽しむことを、

 

神のいない世界を実在化させている、と、

 

否定するコース兄弟も多いが、僕に言わせると、

 

それこそ、罪悪感を実在化させている。

 

 

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夢の現実は、

 

心からの歓びと平安によって取り消される。

 

なので僕たちは、夢を変えようが、取り消そうが

 

どちらも正解であり、間違いではない。

 

間違いなのはその事に罪悪感を持つことである。

 

 

なぜなら、本当に夢だから…(爆)

 

 

自分について

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僕はこのブログでよく、

 

自分で決断する、とか、自分を責めるな、とか、

 

自分に訊く、というようなことを書いているが、

 

この〝自分〟という言葉にとても抵抗を感じる

 

コース兄弟も多いようである。

 

 

「自分が決めるのではなく、決めるのは聖霊です」

 

「何かを責めている自分などいないんです」

 

「自分に訊いた答えは全部間違っている」

 

みたいな…。

 

しかし、敢えて反論を恐れずに述べるならば、

 

こう言っている時点で、

 

自我の自分を実在させていると言える。

 

 

内なる神(無限の全体)の愛へと向かう時、まず、

 

自分というフィルターを突破しなければならない。

 

平安なんか望まない、と決めている自分、

 

自動反射的に自分責めに陥っている自分、

 

愛を渇望して泣き叫んでいる自分、

 

これらの自分を一切すっとばして、

 

そんな自分なんて無いんです、と無視しながら、

 

いきなり、聖霊~、神~、とやってもダメなのだ。

 

 

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何で自分がこんな幻想の世界を創ったのか、

 

そこにはどれほどの恐怖があったのか、

 

どれだけ父の愛を求めて苦しんできたのか、

 

ちゃんと耳を傾け、癒してやる。

 

その上で、この世界は夢だったんだ、

 

罪なんかもともと犯してなかったんだ、

 

いまも変わらず父から無条件で愛されている、

 

ということを〝感じさせて〟やるのだ。

 

(言い聞かせたり、教えるのではない!)

 

 

というのも、自分をないがしろにして、

 

「聖霊、これをどうしたらいいか決めて下さい」

 

「聖霊、この罪悪感を取り消して下さい」

 

「聖霊、私が間違っていることを教えて下さい」

 

といくらやっても、これらの言葉を発している

 

〝自分〟が全く癒されていない状態なので、

 

聖霊に思いが届くはずがないのだ。

 

 

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なので、自分は本当は何が食べたいのか、

 

何を見たいのか、本当はどうしたいのかを、

 

聖霊に訊く前に、自分に聞く。

 

自分を愛し、自分に優しく寄り添う。

 

そうやって、静かに自分の中を感じていると、

 

不変で凛としていて静かな確固とした存在である

 

〝自分〟がいるのを発見できるだろう。

 

 

神しかない、神だけが在るのであれば、

 

愛を求めて叫んでいる〝自分〟もまた、

 

〝神が顕われた姿〟のはずである。

 

 

 

ハッピー配信

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今日、初めてインスタ配信をしてみた。

 

インスタのアカウントはまだ開いて間がないので、

 

フォロワーゼロからの配信だった。

 

でもまあ、見てくれる人が何人であっても、

 

こうやって配信できるようになったことが嬉しい。

 

会社に勤めていた頃は、部長職ということで、

 

外部への個人的な発信に対しては、

 

コンプライアンス上の制約が設けられていたが、

 

いまはもう、自由に素の自分を表現していける。

 

 

檻の中(会社)にいた時には、

 

自分が制約を受けているとも思っていなかったし

 

規則や制約からくる不自由さも感じていなかった。

 

まあ、こんなもんだろう、と思っていた。

 

しかし、そこから脱出してみると、

 

いかに自分を抑圧し痛めつけてきたかが分かる。

 

これはあくまで僕個人のケース、なのだが、

 

会社にいるだけで〝自分責め状態〟だった。

 

でも、その中にいると気がつかないんだよ。

 

 

なので、

 

これからは会社の形態も変わるんじゃないかな。

 

例えば、組織として何かをするのではなくて、

 

誰かが、こういうことがしたいんです、と言うと、

 

それに必要な人が集まって一緒に仕事をし、

 

終わったら解散する、みたいな…。

 

 

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初めてのインスタ配信は、

 

ハッピーバレーの競馬場から行なった。

 

雲一つない秋晴れで、気温は摂氏21℃。

 

二千四百メートルあるトラックを一周しながら、

 

部下の女性から責められ事件の顛末や、

 

光の磁場の話、それから、自分責めが無くなった

 

きっかけなどを話した。

 

 

また、数日後に、

 

今度はワンチャイ辺りを歩きながら、

 

一カ月ほど前から僕の前に出現した、

 

〝彼〟(兄貴)について話そうと考えている。

 

でも、かなり怪しい話なのでちょっと躊躇…。

 

 

というわけで、

 

インスタフォローお願いします: @hoshitani

 

 

それから、YOUTUBEの夜のお散歩シリーズも

第二弾をアップしました。👇👇

【香港さんといっしょ!】自分責めをやめる★自分を全肯定する★自分を愛する - YouTube

 

 

でも、インスタって、スマホを縦撮りするんだね。

 

YOUTUBEは横撮りなので、横にして撮ったら、

 

画面が横向いちゃった。

 

今回の動画は、

 

スマホを横向けにして視聴して頂けると助かります。

 

 

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