香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

おっさんたちの反乱


↑見つめ合い…

昨日会社で、違う階にあるトイレに行った帰りに

エレベーターを待っていると、

窓の外で愛し合う二羽のハトに出会った。


普通、ハトに限らず、鳥類の交尾と言えば、

羽をばたつかせて逃げるメスをオスが追いかけ回す、

という形態がオーソドックスであるが、

この二羽は、もう交尾というより、

本当に愛し合っている、という感じで、

オスの胸に顔を埋めたり、何度もキスを交わしたり、

見つめ合ったりしながら、最後はメスの方から、

全てを受け入れるように身体をオスに差し出す。


その姿はとても美しく、感動すら覚えるほどで、

それをこそこそ写真に収めているセコイ自分を、

恥ずかしく思うほどであった。


↑キスを交わし…
前回、会社の人事大流出の話を書いたが、

自分の会社だけでなく、得意先や業者さんの人からも、

〝退職のご挨拶〟を頻繁に受け取るようになり、

ここへきて、本当に周囲が慌ただしく変化し

始めているのを感じている。


彼らの退職の理由は、単なる転職や家庭の事情の他に、

人生をリセットしたい、身体を鍛えたい、農業したい、

放浪の旅に出て自分を見つめなおしたい、など、

一昔前だと、会社のおっさん上司らが、はあ?、と、

首をかしげるような理由で会社を去る人が多い。

それも、家庭や役職もある40代、50代の人が、

そう言った理由で辞めてゆく。

むしろ、20代、30代のゆとりたちの方が、

就活に苦労している分、堅実である。


〝本当に会社でしか生きていけないのだろうか。〟

〝これまで何の疑問も持たずにやって来たけれど、

 俺の人生、なあんかヘンな気がする。〟

〝子供?養育?妻の反対?家のローン?

 もうどうなってもいいや、やりたいようにやろう。〟


これって、幻想レベルではあれ、

一種の明け渡し状態にあるのだと思う。


↑重なり合い…

例えば、

勤続8年の人がその会社を去るとする。

すると、その8年の間に起こった出来事の数々、

事あるごとに嫌味を言われたあの得意先の人、

自分をいじめて仲間外れにしたあの先輩同僚、

大っ嫌いなあの上司とのバトルの数々、など、

辞表を提出した途端、これらの出来事は意味を失い、

別に起こらなくても何ら問題のなかったこととなる。

だって、今後、この物事の関係性や継続性は、

出社最終日と共に終わりを迎え、リセットされるからだ。

つまり、起こって無かったことと同じになるのだ。

言い換えれば、人の一生と同じだ。

生まれてから死ぬまでの〝消えてゆく姿〟を、

入社から退職までという短いスパンで

見せられているという感じ。


そして、次の転生(次の職場?)にて、

〝未削除分-配役入れ替わりバージョン〟パート2

が始まる。


だったら、それが投影されている今、

心の中の分離の想いを、消えてゆく姿として捉え、

委ね、明け渡し、削除していったほうがおトクだ、

と考えるのは、僕だけだろうか。


ただし、委ねるのは投影されている出来事ではない。

その原因となる心の中の〝分離の想い〟の方だ。

だから、この現実の中で、

会社を辞めようが、居続けようが、どちらでもいい。

別れようが、一緒にいようが、それもどちらでもいい。

それは起きてはいない。


↑フィニッシュ!

まあ、この大量流出は、

僕の周囲だけで起きている現象なのかもしれないが、

長年、日本経済を支え続け、言わば、

エゴの社会規範の先頭で旗を振っていた人たちが、

こんなのもういいわあ〜、と降参をはじめる。


そして、最終的には、会社も兄弟も存在せず、

世界は起こってすらいなかった、

ということに真に気づいていく。