香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

今の強烈

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世界が次々に姿を変え、過ぎ去ってゆく中で、

 

背後にずっと変化せずに流れている〝平安〟に

 

意識を委ねながら毎日を過ごしている。

 

それが、兄貴に任せる、ということなんだな、と、

 

またまた理解が起きている今日この頃である。

 

 

「明日も仕事かあ。いやだなあ」

 

「日本へ帰国するにも手続きとかウザいなあ」

 

「寒くなる季節に完全帰国とか、哀愁すぎるっ」

 

と、少しでもジガ男のささやきが聞こえてきたら、

 

即座にジガ男ごと、背後の平安へ背負い投げ、

 

ジガ男も一緒に連れてゆく。

 

 

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また、平安に委ねるには、

 

今この瞬間に気づいていることが不可欠だ。

 

なぜなら、平安は常に今この瞬間に在るからだ。

 

そもそも僕達は今この瞬間にしか存在できない。

 

いくら、過去を後悔し、未来を憂いでみても、

 

その事を考えているのはやっぱり今この瞬間だ。

 

だから、僕たちは、今から逃れることができない。

 

それはまた、常に平安でしかあり得ず、決して、

 

神から離れることができないことをも意味する。

 

 

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しかし、僕たちはいつも、

 

今この瞬間に在る平安に抵抗している。

 

「今、これを我慢したら、将来ええ事あるでえ!」

 

「今、そんなことしたら、スッカラカンになるで!」

 

「今のままやったらアカん!もっと頑張れ!」

 

「今それ食べたら、太るでええー!」

 

こんな今はイヤや、今の自分が嫌いや、と、

 

今を我慢し、今の自分を無視し、未来に賭ける。

 

そのくせ、

 

「兄貴、私は平安を選びたい」とやっている。

 

 

 

強烈に今この瞬間に開いて、

 

不変の平安の流れに身を委ねていると、

 

時間が横並びではなく、眉間から前後に伸びた

 

〝縦軸の点〟のように知覚されてくる。

 

この〝今の点〟の中に、過去や未来の自分、

 

全てが内包されているように思えてくるのだ。

 

 

なんか、9月に入ってますます強烈に、

 

春が息吹くような、平和でありながらも、

 

ワクワクウキウキした歓びの感覚が、

 

意識の中に流れ続けているのを感じている。

 

その息吹の中で、もっと先へ進め、と促される。

 

 

状況は新たなフェーズに突入した。

(↑ 尾身会長かっ!)

未来から自分が会いに来る

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日々の日常の中で、メインで嫌いな訳ではないが

 

なあんか気に障る、という人がいたりする。

 

 

例えば、

 

ゴミ出しとか、何かと細かい事にうるさい近所の人

 

いつも、仕事をうまく人に振る、ずる賢い同僚、

 

言動がいちいち気に障るテレビやネット上の人、

 

など、自分の周りに、ついついイラっと来てしまう

 

ちょっとウザい人がいるとき、それって、

 

ひょっとしたら、愛に変わろうとして出てきた、

 

過去や未来の自分かもしれないという話である。

 

 

いうのも、最近、

 

あるコース兄弟のスピ動画をよく見ていて、

 

その人は、ご自分の今の境遇や心情、

 

そこからの気づきを、本当に正直に話されており

 

毎回、楽しく拝見しているのだが、その一方で、

 

「それって、ただの言い聞かせじゃないのか」

 

「人のことをどう、とかより、まずは自分だろう」

 

「それって、一言本人に言えば済むことじゃん!」

 

と、いちいち心の中でツッコみが発生するのだ。

 

 

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このとき、ハッと気づいた。

 

いろいろ気づきが起こって、進んでいる自分が、

 

まだそこへ至っていない兄弟を見ながら、

 

それは違うんだよ、と心の中でチッとやっている。

 

これって、昔、僕が毛嫌いしていた、

 

コース教師の姿そのものではないか、と…。

 

自分にもそういう〝年頃〟があったにも関わらず

 

それは違うと他の兄弟を無意識に批判している。

 

 

ということは、

 

何年か前に自分が毛嫌いしていた教師たちは、

 

この2021年現在の自分だったということになる。

 

その当時、そういう教師ばかりが目について、

 

愛がない、と、いちいちピキッ、となっていたが、

 

これは、愛に変わりたい、愛されたい、と、

 

未来の今からやってきた僕の姿だった。

 

 

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母親が子供に、上司が部下に、教師が生徒に、

 

お前、まだ分かってないなあ、とやるのは、

 

過去の自分に向かって、お前ダメだなあ、

 

とやっていることになり、それは自分に対して、

 

とても失礼で、愛のない行為であると言える。

 

 

なので、なんか気に障って仕方がない人がいる時

 

「ああ、愛されようと、過去から(または未来から)

 

 自分が自分に会いに来ているんだなあ」

 

と、しみじみ認識してみる。

 

 

そして、

 

彼ら(私)を受け入れ、彼ら(私)に全てを委ねる時

 

初めて、あると思い込んでいた世界が消滅する。

 

 

ゲスい想いを見捨てるな!

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本当に自分の内側だけで生き始めると、

今この瞬間、同時に存在するあらゆる次元を、

縦軸で行き来しているような感覚になってくる。

すると、今の自分が、過去の自分や未来の自分と

同時にコミュニケーションをとれるようになる。

失恋したり、就活に苦戦したりしている

過去の自分に対して、大丈夫だよ、と、

励ましのメッセージを送ったり、

未来の自分から、会社勤めという枠を手放せと、

何度も強いメッセージを受け取ってビビる自分に、

大丈夫だから、もっとすごいことが起こるから、と、

未来の自分から情報をもらったりするようになる。

 

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特に今回の、

会社勤めを卒業しなさいというメッセージは、

もう今年初めくらいから何度も受け取り、

自分の中の無限の全体に繋がればつながるほど

強く聞こえてくるようになっていた。

思えば、これまで何度も日本帰任を打診され、

そのたびに、抵抗しまくり、そしてとうとう

香港支社クローズまで行ってさえも、まだなお、

転職までしてオツトメを続けている。

 

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分かっている。

どちらを選択しても、それは幻想でしかなく、

選択している自分さえもいないのだ、と…。

それが究極の心理であることに間違いはないが、

肉体を持ち、様々な思いと共に生きている自分に

この究極の真理だけを当てはめて、

それは違うんですよ、と

今この瞬間に感じている感情を見捨てることは、

自分に対してあまりに乱暴で、

優しさがなさすぎる行為だと思うのだ。

 

だから、未来の自分からメッセージを受け取り、

本当にそうした方がよいと解かっていても、

怖いーっ!破滅するーっ!野垂れ死ぬーっ!

という感情にきちんと寄り添い、受け止めてやる。

本心は死ぬほど怖いのに〝神だけを選びます〟

なんて、そんなの〝エセの選択〟でしかない。

 

そして、最近とみに思うのは、

聖霊兄貴って、本当は未来の僕なんじゃないか、

ということである。

今この瞬間、今の自分と同時に存在する、

目醒めている未来のボク。

まさに僕の兄貴は、未来の僕だったのだ。

 

そう、僕は未来の自分に導かれている。