香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

私私って言うてるけど、それどこにおんねん!

👆卒業生の手紙(キリスト教大学にて)

 

先週書いたブログ13周年突破の記事の中で、

 

夢の終わりに、父が待つ故郷へ永遠に帰る時が来て、

 

この夢の中で体験したすべての記憶が、

 

寝ている時に見る夢と同じように、

 

目醒めたと同時に全て消え去ってしまうとしても、

 

自分は神の一歩をじっと受け入れることができるのか、

 

というようなことを書いたが、僕はちょっと自信がない。

 

もう、いつ故郷へ帰ってもいい、と言いながらも、

 

いざ神が駆け寄ってきたら反射的に身をかわすだろう。

 

 

神の一歩とは、

 

突然自分に向かってツッコんでくる車かもしれないし、

 

誰かに首を絞められることかもしれない。

 

大川に身を落とし、流されていくことかもしれない。

 

後光を背にしたJが、天使と共に舞い降りてきて、

 

自分を天国へ導いてくれるわけではない。

 

Jは、何があってもじっとしていなさい、と言っている。

 

それは、本当に物理的にじっとしてろ、という意味だ。

 

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また、死んでも魂は永遠に生き続け、死ぬことはない、

 

というのも、すでにスピ界(笑)の常識だが、それもまた、

 

死んでも個の私は保たれることへの慰めでしかない。

 

私と思っている意識がある限り、

 

その私が赦しをしている限り、絶対に目醒めない。

 

自分というものが完全に抜け落ちたとき、

 

神の一歩が始まる。

 

※ 私がいないという原理について、インスタライブで

  お話をしようと思っています。(GWのいつか)

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