香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

強制帰還道場、閉鎖!

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今日、12年間務めた会社を退社した。

 

退職のご挨拶のメールを一斉送信したら、

 

たくさんの人から、返信をいただいた。

 

中でも、出張で来ている星谷さんを見かけたら、

 

ああ、星谷さんがいる、と、すごく癒された、

 

というメッセージや、僕自身も忘れていたような

 

小さな思い出が印象に残っているというコメント、

 

そして何より、すっごく寂しい、と、

 

電話をかけてきたコンババ部長から、

 

立場もわきまえず、色々と無理を言って、

 

本当にすみませんでした、と謝られたときには、

 

ちょっとジンと来て泣きそうになった。

 

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多くの人から惜しまれながら今の会社を去り、

 

とっても期待しています、と言われながら、

 

新しい会社に迎えられる。

 

これってすっごく幸せなことなのだな、と、

 

優しさと有り難さを噛みしめている。

 

 

コロナ、不景気、この年齢、この世界情勢、

 

そんな中、これだけの人から祝福を受けながら

 

新しい世界へ旅立てるなんて、奇跡でしかない。

 

 

そして今日が最後の香港支社への出社となった。

 

電話局の人が電話線の撤収工事を行ない、

 

キャノンの人がコピー機を引き取っていった。

 

それから、大家さんに事務所の鍵を渡して、

 

僕の任務は完全に終了した。

 

 

深圳工場、佛山工場、上海事務所、香港支社、

 

職場という強制帰還道場で、

 

僕が造り出した幻想の兄弟たちを

 

次々に赦していった結果、ついに誰もいなくなり、

 

とうとう、僕が最後にこの道場を去る一人となった。

 

 

事務所のシャッターを下ろした瞬間、

 

ここで行われた赦しの実践の数々が思い出され

 

ちょっと感傷的な気持ちになった。

 

次に行く職場は、赦しの実践の場ではなく、

 

神に出会い、愛を味わう場所になる。

 

 

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職場という天国強制帰還道場の閉鎖に伴い、

 

このブログの閉鎖も近づいている。

 

最初は、香港支社同様、全ての記事を消去しよう

 

と考えていたが、たくさんの読者の方々から

 

血迷うな、というメールやコメントをいただき、

 

このままURLは残しておくことにした。

 

また、たまーに、とはなるけれど、

 

何か感じることがあれば記事をアップするので、

 

思い出したように覗いていただければ幸いです。

 

 

こうして、

 

多くの方たちの愛に包まれた5月の週末である。

 

 

気づいているわたし

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先週の金曜に、銀行のトークンや会社の印鑑、

 

登記簿などをEMSで日本本社へ送付し、

 

一応この会社での全ての業務を完了した。

 

なので、今週はもう出社する必要はなく、毎日、

 

ジムで自主トレをしたり、マッサージに行ったり、

 

カフェで小説を書いたり、瞑想をしたり、

 

買い物がてら街をぶらぶらして過ごしている。

 

 

今に気づきながら街を歩く。

 

G2000に夏のワイシャツが並んでいる。

 

今のワイシャツはもう2年くらい着ているので、

 

新しい会社には新しいワイシャツで、と、

 

何枚か選んで試着してみた。

 

以前はパンパンではち切れそうだった14インチが

 

今ではぶかぶかとなり、結局13インチを買った。

 

 

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自分に気づきながら歩く。

 

家の近くに新しいカフェを見つけてランチをする。

 

こじんまりとしたカフェで、雰囲気も良く、

 

ランチもおいしかった。

 

今の自分に気づきながら神を思い切り味わった。

 

 

今この瞬間、

 

道ですれ違う人の奥に在る神に気づいている。

 

今この瞬間、

 

様々な想いを感じている自分に気づいている。

 

今この瞬間、

 

神が歓んでいる様に気づいている。

 

もうそれだけでOKであり、他には何も必要ない。

 

 

今ではほとんど皆無となってしまったが、

 

たとえ、誰かに攻撃されても、ウザっと思っても、

 

仕事でイライラとテンパっていても、

 

やっぱりそれも神の愛であり、

 

そこには歓びと愛おしさしかないのであった。

 

 

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お金が欲しいと思うのも、結婚したいと思うのも、

 

事業に成功したいと思うのも、健康でありたいのも

 

また逆に、

 

拗ねたり、無視したり、攻撃したりするのも、

 

全てはこの〝神の歓びの感じ〟が欲しいからだ。

 

 

結局僕たちは、神しか欲しておらず、またそれは、

 

何もしなくても、すでにここに在る。

 

👇 久々に新しました

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神を望む

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昨日は、友人が高級ディナーに招待してくれた。

 

今回の僕の転職を祝って、グランドハイアットの

 

高級イタリア料理店を予約してくれたのだ。

 

ビクトリア湾と九龍半島が一望できるテーブルで

 

白ワインを飲みながらコース料理をいただく。

 

先日、大家さんと沖縄料理店で飲んだ時同様、

 

友人も僕の転職を心から喜んでくれた。

 

 

今、この瞬間に顕れている神に気づきながら、

 

今、この瞬間に顕れている豊かさに許可を出す。

 

 

夕闇に煙る香港のビル群、海を行く帆船、

 

美味しい料理にスマートな給仕、ピアノの生演奏、

 

最高の〝いま〟に感謝をしつつ、神を感じていた。

 

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自分を全肯定できるようになってから、

 

様々な小さな願望が叶い始めた。

 

あと一年ほど香港にいたいなあ、と思えば、

 

ちょうど、自分にピッタリな仕事が見つかり、

 

でも今のアパートに住み続けるには給料が…、

 

と思えば、

 

家賃を払えるだけの給料を貰えるようになったり

 

台湾で小説を出版したいなあ、と思ったら、

 

居酒屋で隣にいた人が出版社の人だった、

 

という感じで、思ったことが次々と、

 

現実のスクリーンへ映し出されるようになった。

 

最近では、たぶん、これ、叶うだろうなあ、という、

 

根拠のない自信のようなものまで出てくる始末だ。

 

 

そうやって、こうなったらいいなあ、と、なんとなく

 

心で受け入れた小さな願望が現実になる、

 

という経験を重ねるにつれ、次第に、

 

願いが叶うコツのようなものがわかってきた。

 

 

僕の場合、給料これくらいほしいなあ、と、

 

なんとなく思いながらぼーっとしていると、突然、

 

みぞおちの辺りにウキっとするような感覚が走り

 

その感覚を感じたら、はい、この願いは完了っ、

 

という感じで納得し、安心してあとは忘れてしまう。

 

僕の場合、願いが叶った時の状況をイメージして、

 

その時の感覚を感じて、みたいなのは一切ない。

 

ただなんとなく、こうだったらいいなあ、と想像して

 

みぞおちがウキっ、となるためだけにやっていて、

 

神の感じを感じることでもう完了している。

 

叶おうが叶うまいが、そんなのどうでもいいのだ。

 

 

これって、オナニーと同じだ、と書いてて思った。

 

色んなことを想像しながらマスタベーションするが

 

それはオーガズムへ至るための行為であり、

 

高みに達したらはい完了、別に、想像したことが

 

現実になりますように、とは思わない。

 

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僕の体験から言えるのは、望みを叶えたければ、

 

歌手になってステージに立っている、とか、

 

すごいお金持ちの恋人ゲット、というような、

 

いきなり、ど真ん中の大きな望みではなく、

 

お気に入りの行きつけの店を見つけたいなあ、

 

自分が満足できる髪型にしたいなあ、

 

こんな感じの仕事の助っ人がほしいなあ、

 

といった、小さな望みから始めたほうがいい。

 

そうやって、自分なりの、望みが意識に渡った

 

際に感じる感覚のコツをつかんでゆくのだ。

 

 

というわけで、今日は赦しとは全く関係のない、

 

バリバリ引き寄せ談議であった。

 

 

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