↑ お正月の花。桃の花と黄色い花と南天の実。
春節の休暇が始まった。
香港は5連休で、僕は有休を取り6連休である。
食料品も、ワインも、ラム酒も、大量調達したので、
家でお籠りしながら、一日中創作をしたり、
奇跡講座のテキストを読んで過ごすことにする。
あとは、テレビで羽生選手の演技を見て、
昼は、時々ジムで自主トレをしながら、
思い切り〝自閉生活〟を楽しむつもりである。
ただ、うだうだと無為に今を過ごしてしまわないよう、
スケジューラーでちゃんと計画を立ててやってゆく。
それにしても、羽生選手のSPすごかった。
もう、絶対王者って感じで…。
フィギュアスケートが多くの人を魅了する理由は、
陸上や水泳など、速さを競うだけの競技や、
サッカーや野球など、対戦形式のスポーツと違い、
〝演技を通して表現する〟という点にあるのだろう。
でも、今期のオリンピックを見ていて、
「日本勝った!やったあ!日本負けた、何やってる!」
という想いが、全くなくなっていることに気づく。
真央ちゃんが活躍していた2010年頃は、
キムヨナが転ぶと手を叩いて喜んだものだが、
今はもう、国家のアイデンティティによって、
応援する選手を決める、というのがなくなっている。
まあ、日ごろからテレビとかでよく観る、
日本の選手の方に親しみを感じるというのはあるが…。
と言うわけで、ここへきて、
エックタルトが言う〝いま〟を再考している。
「エックタルト大好き!」だった5年前は、
もうひたすら〝いま、いま、いま〟だけで突き進み、
今に在ることだけに意識を集中させて、
ヘトヘトになっていた(笑)わけだが、
この世界が夢だと完全に看破してからというもの、
〝いま〟にいることの本当の目的というか、
重要性が理解できてきた。
それは、
隠れた心のどの部分が投影されているかを、
今に在ることによってちゃんと認識する、
ということである。
というのも、今にいないと、
赦しの最初のステップである〝捉える〟
ということができないことに気づいたのだ。
今の僕には、眼前に現れてくる人や事象が、
全て自分の心の中だけで起こっている物語
のように映っているので、僕の毎日はもう、
ただそれを咎めずに観て赦してゆくだけである。
誰を見ても、どんな出来事に遭遇しても、それは、
自分の心の中を代表するものとして捉えられている。
せっかく〝さあ、早く俺を赦して終わらせろよ!〟と、
現実のスクリーンの上に出てきてくれているのに、
エゴのおしゃべりに気を取られるにまかせ、
ただ、ぼーっとしていてはもったいない。
そうやって、僕にとっての〝いま〟は、
自分の心の中を赦す絶好の機会となっている。