香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

ストップ✋自己虐待! 

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とにかく、とにかく、自分責めを止めろ、

 

どんな手を使ってでも止めろ、根性で止めろ、

 

とまあ、ここのところ、小姑みたいに

 

ぎゃんぎゃんうるさい限りの僕であるが、

 

実際のところ、

 

神も、兄貴も、愛も、無限の全体も、赦しも、

 

全ては自分責めを止めなければ始まらない。

 

 

「頭ではわかっているけれど、

 

   どうしても、自動的に責めてしまうんです」

 

と言ったりするが、本当はやめる気がない。

 

 

やめる気がない事を証明する例を挙げるならば、

 

あなたが、自分の幼い子供を虐待しているとして

 

血を流し、アザだらけになりながら、

 

お父さんお母さんごめんなさい、もうやめて、と、

 

泣きながら哀願する自分の息子や娘の顔を、

 

「頭では分かっているんだけど、

 

 どうしても止められない、殴りたくなるんだ。

 

 頭ではわかってるんだけどね。ごめんね」

 

と言いながら、殴り続けるのだろうか。

 

どんなことをしてでも、どんな手を使ってでも、

 

自分の虐待を止めようとするのではないか。

 

 

自分責めをしている人は、

 

これと同じ事を自分にしているのだ。

 

 

もうお分かりだと思うが、

 

我が子を虐待しながら、

 

神を感じたり、聖霊と対話したり、赦したり

 

なんて絶対にあり得ないのと同様、

 

自分を虐待しながら、聖霊お願いします、

 

取り消してください、なんて、絶対にあり得ない。

 

だって、

 

神や聖霊に何とかして下さいと言っている時点で、

 

人に丸投げ状態で、やめる気なんかないんだもん。

 

 

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そこで、自分責めをストップさせるには、まず、

 

自分(我が子)に優しくすることが不可欠となるが

 

自分に優しくするとはどういうことかというと、

 

僕は自分の全てを受容することだと思っている。

 

 

そもそも、

 

自分が取った行動、相手に対して抱いた感情、

 

に対して、それはよくないもの、と判断した結果、

 

そこに罪悪感が生まれ、自分を責めてしまう。

 

また、相手から攻撃された時、自分が悪いんだ、

 

と思った結果、そこに無力感が生まれ、

 

やっぱり自分を責めてしまう。

 

 

そんな時、僕たちスピ兄弟はどうするかというと、

 

奇跡講座学習者なら赦しを実践し、

 

バシャール信奉者なら罪悪感を手放そうとし、

 

あやこさんや並木さん系なら統合しようとする。

 

しかし、もう皆さん体験してご存じのように、

 

世界は無い、と聖霊に委ねてみても、

 

手放そう、と次元シフトしてみても、

 

鉄の球体を転がしてみても、

 

やっぱり、罪悪感や無力感は無くならない。

 

 

委ねる、手放す、鉄の球体を転がす行為は、

 

どこか、自分から分離させる、

 

何かを切り離すイメージがあるので、

 

この無理やり感が無意識の抵抗となってしまう。

 

 

なので、僕が自分責めを止めようとした際、

 

全ての感情や思いに許可を出し、

 

どんな思いも、全面的に受け入れると決心した。

 

 

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例えば、

 

他者を責めるくらいなら自分を責めた方がマシ

 

という想いも、他者を傷つけたくない、という

 

優しい気持ちの顕われなのだから、

 

そんなことを思って苦しんでいる自分も

 

全肯定してやり、苦しむことに許可を出してやる。

 

責めている自分を100%受け容れてやるのだ。

 

 

他人から攻撃されることに恐怖を感じているなら

 

いつもオドオドしている自分に、

 

オドオドしていてもいい、と許可を出す。

 

だって、怖いものは怖いもん、それが正解だ。

 

 

「俺のせいにしやがって、あいつマジムカつく」

 

と怒りが湧いているなら、そのまま怒らせてやる。

 

怒り心頭に達している自分のままでいいのだ。

 

こうやって、今、ここに現われている、

 

そのままの自分を許容することこそが、

 

最も自分に優しい行為であり、それこそが、

 

今、この瞬間に抵抗しない、の真意となる。

 

 

こうやって、

 

ダメだダメだと自己否定している自分、

 

容姿がよくないことを気にしている自分、

 

イジメられて傷ついている自分、etc~、を、

 

赦そう、とか、手放そう、とか、愛で見よう、

 

とする前に、先ずはそんな自分をとことん肯定し

 

許容し、受け入れてやることで、

 

どんどん自分に力強さが戻ってゆく。

 

そうなると、やがて、少しづつではあるが、

 

きちんと相手にノーと言えるようになったり、

 

こうしたい、と相手に伝えられるようになったり、

 

他人のための不必要な頑張りをしなくなる。

 

 

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自分責めを止めるコツは、

 

赦すよりも、まず今の自分を肯定しろ、

 

手放すよりも、まず今の自分を受け容れろ、

 

統合するよりも、まず自分の想いに許可を出せ、

 

それがどんなにエグいものであっても、である。

 

自分の想いを無視して神に頼っても無駄であり、

 

想いを聖霊に委ねても、想いなんて届かない。

 

どんなに最悪に思えるようなことでも、

 

自分から出た想いなのだ。

 

自分が受け止めてやらないでどうするのだ。

 

自分が「それでいいんだよ」と言ってやらないで、

 

誰が自分を癒してやれるのだ。

 

 

自分の子供を虐待していたらやめようとするのに、

 

自分を虐待していても、

 

「頭ではわかってはいるけれどね、えへへ…」

 

で終わってしまうのはなぜなのか、

 

他人から受ける攻撃の言葉は、

 

もうこれ以上虐待しないでくれ、

 

という、自分が自分に発した叫びである。