香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

僕らの時代-5

👆 ツーショットで自撮りをすると、

   なぜかいつも、自分の顔が半分切れる

 

 

先週の水曜、森ノ宮で孝弘と飲んだ。

 

誘いの電話を入れると、

 

「オレ、もうだいぶ出来上がってるでえー」

 

という返事が来た。

 

聞けば、ワンカップやらビールやらを飲みながら、

 

ずっと本を読み耽っていたらしい。

 

 

森ノ宮の駅で待ち合わせた。

 

近くの飲み屋街に、大将一人だけでやっている、

 

カウンターのみの店があったので、そこに入った。

 

日本酒がメインのその店は、酒の肴も美味しく、

 

少しうらぶれた感じが、森ノ宮ぽくてたまらない。

 

 

「この前、病院の先生(女医/美人らしい)に、

 

 また酒を飲み始めたって言うたら、

 

 あなた(糖尿病で)死にますよって言われたんや」

 

と孝弘は言った。

 

彼はここ10年間ずっと禁酒をしていて、

 

先日僕が酎ハイなどの酒を差し入れしたり、

 

前回彼が僕のうちに来た時にラム酒を勧めたりした

 

のをきっかけに、また飲み始めたのだという。

 

「俺が酒を飲ましたのが原因でお前が倒れたら、

 

 雄太からまた蹴り入れられて絶交されるやんけ!」

 

と僕は叫んだ。

 

それでも呑んべーの二人は、大将に言われるがまま

 

様々な日本酒や酒のつまみを試し続けた。

 

 

 

 

大学時代のこと、香港でのこと、雄太のこと、

 

色々なことを話したが、中でも、物書きの宿命なのか、

 

僕は、彼が統合失調症だった時のことを聞きまくった。

 

 

統合失調症の大きな症状のひとつに〝幻聴〟がある。

 

彼の場合、それは、やくざのような男の口調で、

 

「こっらあ、はよ死なんかい、おっらあ、役立たずがー」

 

と、リアルな声がずっと頭の中に響き続けるのだという。

 

それでも抵抗していると、今度は、宇宙ナンチャラから、

 

手下を派遣して殺してやる、という脅迫が始まり、

 

その声を信じた本人は、恐怖であちこち逃げ惑う。

 

一度、大家さんが、民生委員や消防隊の人達と共に

 

鍵を開けて家に入ってきた時には、

 

とうとう宇宙ナンチャラへ連れていかれる、と、

 

必死に抵抗してなんとか追い返すことができたらしい。

 

 

一方、そんな敵たちから自分を守ってくれる、

 

〝武術の先生〟という存在もいて、先生の言う通りに、

 

木刀を振り回していると、頭の中のヤクザが、

 

わーっと空の彼方へ飛んで行ってしまうのだという。

 

それで、武術の先生の秘密支社になっている

 

(本人の中ではそういう設定になっている)

 

大阪城内の弓道場へ、先生に会いに侵入したところ

 

通報を受けた警察に保護されたのだという。

 

保護されてからも、弓道場に返してくれーっ、と、

 

暴れていたらしいが、調書を取っていた警察官の、

 

「うるさいっ!だまれーっ!」の一喝で、シュン…。

 

それから、医者や、ソーシャルワーカーや、民生委員

 

など、プロの救済チームによる保護措置が施されると

 

孝弘の病状は劇的に回復し、経済的にも、精神的にも、

 

平安を取り戻し、現在は読書三昧の日々を送っている。

 

 

 

 

彼の話を聞きながら、

 

この俺も、いや、人類全員が統合失調症だ、と思った。

 

自分の中の、もう一人の自分の声に怯え続けている。

 

 

「みんな一生懸命働いてんのにお前はなんや?」

 

「人から嫌われるようなことばっかりしてきた人生やな

 

 こんなこと、そんなこと、ほら、あんなことも…」

 

「ほらほら、はよ何とかせんと全部失うで。死ぬでー」

 

「不安やろ、怖いやろ、嫌やったらもっと頑張れよ!」

 

 

僕らは常に、このヤクザな声を恐れ、ちょちょ舞い、

 

これらの声の言うとおりに行動してきた。

 

それでも、あまりに苦しくて、

 

救済者(武術の先生=スピマスター)に救いを求め、

 

言われた通り、色んなことをしてみるが、

 

やっぱりヤクザの声は聞こえ続ける。

 

時として、他者の口からも、

 

ヤクザの声は聞こえてきたりする。

 

 

そこまで思いが至った時、ようやく自分が、

 

完全に〝統合〟を〝失調〟している状態だと悟り、

 

自分で何とかするのは不可能だということに気づく。

 

そして、そんな僕らに残された唯一の道は、

 

ただ、天に向かって大の字になることだけだ、と、

 

両手を上げギブアップする。

 

 

何が聞こえてきても、どんなに苦しくても、

 

そのまま、全ての抵抗を止めて何もせず、

 

ただ救済者(神)の前で白旗を挙げている。

 

救済者の触手が伸びて、巨大な恐怖に襲われても

 

じっと動かず、なすがままでいるのだ。

 

それが、沈黙することの意味だと解かった。

 

 

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孝弘の体験でゆけば、

 

当時、彼が敵だと思って最も抵抗していたもの

 

(警察/医者/福祉事務所の人/大家さん)などが、

 

真の救済者(神の使者)だった。

 

武術の先生は救済者ではなかったのだ。

 

おまわりさんの「うるさい、黙れ!」の一言で沈黙し、

 

女医さんが美人であったがゆえに、素直に抵抗を止め

 

薬を飲んだ結果、自我のささやきが消えたのである。

 

 

そういう意味で、もし正気に戻りたいのであれば、

 

僕達は、何が見えても、何が聞こえてきても、

 

どんなに怖くて苦しくても、全ての抵抗を止め、

 

目の前のものにただ委ねている必要がある。

 

委ねようとしてそうするのではなく、

 

もうすでにそうなっている必要があるのだ。

 

 

自分は今、そのための練習を進めているのだな、

 

ということをしみじみと感じた森ノ宮の夜であった。

 

 

最後、午前零時に店を出た。

 

彼のおごりだった。(!嬉!)

 

孝弘、ごっつあんです!

 

 

男と女の間には…

👆 久々に直純さんと夜ごはんに行った

   西梅田のイタリアンだったが、

   あまりにお客さんが少なく、思わず

  「ここ大丈夫か」と二人でヒソヒソ…

 

 

いきなり唐突ではあるが、

 

男には男の、実相への戻り方がある、と感じている。

 

真理を智覚する上で男も女もない、と言ったって、

 

精神的な学びが進めばそれはそうかもしれないが、

 

男と女では、脳の仕組みも違うし、肉体的構造も違うし、

 

分泌されるホルモンも違うし、育てられ方も違う。

 

ざっと見ただけでもこれだけの違いがあるのに、

 

初期の段階において、男女同一のやり方で、

 

精神的なものを学んでゆくには無理があると思うのだ。

 

しかし、

 

一般的にスピに興味を持つ人は圧倒的に女性が多い。

 

従って、スピのコミュ二ティーの中では、どうしても、

 

女性の感性に沿った方法論で進められることが多い。

 

 

👆 ワインも料理も本格的で美味しかったし

    店員さんのサービスもよかったのに、

    なぜ客が…?

   

 

 

男性は女性に比べ感受性が低くその分理性的である。

 

女性は理屈抜きに感じることで理解を深めてゆくが、

 

男性は理論的に納得することで学びを進めてゆく。

 

また、女性は〝感じる〟ことが先手に来るのに対し、

 

男性は〝理解する〟ことが先行する傾向にある。

 

そして、女性は感覚的に捉えることで理解を進め、

 

男性は、どういうことか、を納得してから進もうとする。

 

そういう意味でも、きちんとしたロジックで説明され、

 

ワークによって段階的に実践できる奇跡講座は、

 

まさに男性向きのスピリチュアルだと言えるだろう。

 

 

👆  直純さんは家が売れて肩の荷が下りたからか
    夏に会った時よりも顔色もよく元気そうだった

    しかし、もうそんなことで一喜一憂しなくなった

    という彼の言葉が印象的だった。

  

 

なので、男性の場合、

 

ハートや神の想いや聖霊の導きが感じられなくても、

 

先ずはきちんと理論を落とし込んでゆき、ひとつひとつ

 

頭で納得した上でロジカルに学びを進めてゆくことで、

 

徐々にハートが開き、神の歌が聞き取れるようになり

 

実相世界の〝悦〟を感じられるようになってくる。

 

ある意味男性は、感じることを〝学ぶ〟〝納得する〟

 

必要があるのだ。

 

 

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だから、僕やデイヴィッドなどは、

 

かなり特殊な部類に入る、と言っていい。

 

もちろん、男性の中にも様々なパターンがあり、

 

一概にこう、と言えないことは重々承知している。

 

よって、これは僕の個人的な見解であり、

 

あくまで一般論として述べていることを、

 

御了承願えれば幸いである。

 

 

そして最後は、

 

人類学者のシンガー博士が言っているように、

 

 

決然としていながら優しく、

 

柔軟にして強靭、曖昧にして明瞭、

 

思考において焦点が集中していながら、

 

自覚において拡散し、

 

育児に向きながら指導的でもあり、

 

与えながら受け取る、

 

 

というふうに男性はなってゆくのだろう。

 

 

 

点滅人生

 

 

以前買った『量子論の全て』という雑誌を、

 

孝弘に貸すことにしたので、その前にもう一度

 

読み返してみたら、色々面白いことが書いてあった。

 

 

画素のよい、今のテレビがどうなのかは知らないが、

 

昔のテレビのブラウン管に顔を近づけて見てみると、

 

小さな粒粒がいくつもあり、その粒のひとつひとつが、

 

瞬時に点滅しながら様々な色に変化することで、

 

全体の映像の動きを作り出していることが分かる。

 

画面では女優さんが名演技をしているように見えても

 

実際には、一つ一つの粒粒が瞬時に色を変え続け、

 

女優さんが動いているように見せているだけである。

 

そして、僕達が見ているこの現実世界も、

 

こんな感じで映し出されているのだという。

 

 

量子論では、素粒子は動き回るような粒子ではなく、

 

瞬間瞬間の点滅だということが分かっていて、

 

1041回/秒 の速さで素粒子が点滅を繰り返すことで、

 

高速振動の波を起こし、現実の映像をカタチ作る。

 

また、観測者が意識を向けた瞬間に、

 

存在確率が1に近づき〝見られるもの〟が確定する。

 

例えば、目の前に田中さんを見たとすると、

 

その瞬間、田中さんの存在確率が1に固定され、

 

それで、ああ、田中さんだ、と認識が起こる。

 

ただ、田中さんを見せ続けている素粒子自体は、

 

1041回/秒の速さで色の点滅を繰り返しているだけで、

 

田中さんという実体はどこにもなく、言ってみれば、

 

毎瞬毎瞬の映像が〝違う田中さん〟なのである。

 

 

 

 

また、それらの素粒子の活動は、観測者の波の揺らぎ

 

すなわち、観測者が飛ばすフォトンの周波数によって

 

どんなものを観測するかを決めているのだという。

 

テレビで言えば、

 

テレビ本体から微量のTBSの周波数を出すことで、

 

空中に遍在しているTBSの周波数と同調を起こし、

 

画面にTBSの番組が映し出される。

 

逆に言えば、テレビがTBSの電波を放った瞬間、

 

TBSの存在確率は1で確定し、

 

NHKやフジテレビなどを見ることはできなくなる。

 

 

例えば、本来なら「ああ、田中さんだ」だけでいいのに

 

そこに、パワハラ田中部長だ、を付け加えたりすると、

 

パワハラ田中部長のフォトンの周波数で観測し続ける。

 

 

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僕達は、自分の中だけで起こっているものを見ている。

 

外には何もなく、ただ飛ばしたフォトンに従って、

 

粒粒が点滅しているだけだ。

 

自分の中だけで起こっているものを見つめ、

 

全てを無限の全体に捧げきり、明け渡してしまうと、

 

やがて、観測者自体も、世界も消え去り、

 

素粒子以前のもの(実相世界)が明らかになる。

 

そしてそのとき、本当の智覚が復活し、

 

とてつもない愛が大手を振って戻ってくるのだ。