香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

夢の元ネタを思い出せ!

👆久々にミナミの〝億万〟で焼肉

     3280円でこのクオリティ。すごい!

 

僕が昔経験していたよくあるパターン。

 

会社で、上司から仕事のミスを責められたとする。

 

夜になり、寝床に入って今日起こった事を反芻する。

 

「あのミスは自分だけが悪いわけじゃなかったのに…」

 

「みんなが見ている前で責められた。恥をかいた!」

 

「あの上司、腹たつ!死んだらええねん!」

 

と、心の中で妄想復讐劇を繰り返しながら眠りにつく。

 

すると、夜、悪夢を見る。

 

なんだかへんな病気になって苦しんでいる夢。

 

朝、はっ、と寝床で目覚めて思う。

 

なんで、あんな夢をみたのだろうか、と…。

 

 

眠りにつく寸前に、ちょっと他愛なく空想したことが

 

歪められ、ストーリーを変えて、夢の中に顕れている。

 

だが、寝る前の上司へのモヤモヤが、

 

夢の中では、へんな病気となって顕れているなんて、

 

夢を見ている本人は思いもしない。

 

 

今、僕たちが現実だと思っているこの夢の世界に

 

顕われるあらゆる出来事も、原理は同じである。

 

夢を見る前に考えた〝父から離れたら!〟という、

 

他愛もない空想が歪められ、一見、父から離れたら、

 

とは全く関係のないような事象として顕われている。

 

blog.hoshitani-shusaku.com

blog.hoshitani-shusaku.com

blog.hoshitani-shusaku.com

blog.hoshitani-shusaku.com

 

 

他愛もない空想であり、ただ思っただけであり、

 

思っただけなので、それは罪ではなく、

 

思っただけだなので、実際には離れていない。

 

本当はこんな夢など見る必要などないのだ。

 

そのことを、夢の出来事を通じて思い出してゆく。

 

 

私って、責めがちな人なのォー

👆最近、新しい喫茶店を開拓した

 

今日、文法の授業で、

 

 「~しがち」という日本語を解説していた時、

 

ふと思ったことがあった。

 

 

夢の世界には、無意識の罪悪感を他者に投影して、

 

相手が悪い、と〝思いがち〟な他責型の兄弟たちと、

 

無意識の罪悪感を自分に投影して、自分が悪い、

 

と〝思いがち〟な自責型の兄弟たちがいる。

 

どちらも、天国から離れた、というあの一瞬の恐怖を、

 

夢の中で再現していることに変わりはないが、

 

自分は、相手が悪い(または、自分が悪い)、と、

 

〝思いがちな人〟つまりそういう傾向がある人なんだ、

 

と分かった上で夢の登場人物を赦してゆけると、

 

すごく楽に赦せるのではないか、と思ったのだ。

 

 

👆コーヒー飲みながらマスターと話をする

 

 

〝私が悪い〟と〝私が悪いと思いがち〟の間には、

 

深刻さのレベルに大きな違いがある気がする。

 

自分を責めてしまい〝がち〟というのは、

 

「私って、いつもアイメイクが濃くなりがちなの~」とか、

 

「俺って最近、野菜が不足しがちなんだよなあ」とか、

 

「最近、家庭より仕事を優先してしまいがちなんだよ」

 

と言っているのと全く同じレベルのことであり、

 

罪でも何でもなく、よって、深刻になる必要もない。

 

なので、こいつが悪い、自分が悪い、という思いが、

 

ふっと出てきた際には、自分ってただ、

 

そういう傾向があるだけなんだ、で赦してゆく。

 

仕事のミス、人間関係の合う合わない、お金のこと、

 

少しも深刻になる必要などなかった。

 

だって、アイメイクやで、野菜不足やで、

 

ただ〝~しがちな人〟だっただけなのだ。

 

blog.hoshitani-shusaku.com

blog.hoshitani-shusaku.com

blog.hoshitani-shusaku.com

blog.hoshitani-shusaku.com

 

 

死ぬかと思った

👆扇町公園で開催されたランタンフェス

 

 

いやあ、つらかったあ~、しんどかったあ~、

 

というわけで、ずっと体調不良で寝込んでいたのだ。

 

最初は喉がイガイガして〝から咳〟が出るようになり、

 

それから次第に声が出なくなっていった。

 

それでも、熱はなかったので、マスクをしながら、

 

なんとか日々の授業をこなしていたのだが、

 

やがて、みぞおちの辺りに痛みが走り始め、

 

体中がだるくてしんどくなっていった。

 

一瞬インフルかな、と思ったが、熱はなく、

 

体温は依然36度台のままである。

 

金曜日の朝、近くのクリニックで診てもらった。

 

気管支炎のひどいやつらしく、薬を出された。

 

 

👆このランタンフェスへ行った辺りから

      体調がなんかおかしくなり始めた。

 

医者に行った日の午後、授業をしている最中、

 

だんだん立っているのがつらくなってきた。

 

声を出すのも苦しく、熱が出て来たのがわかった。

 

会社員だったら、時間まで机に座っていればいいが、

 

授業は教壇に立って喋り続けねばならない。

 

でも、この時間さえ乗り切れば3連休で休める。

 

時間よ早く過ぎてくれー、と心の中で叫ぶが、

 

まあ、最後の5分の長いこと長いこと、

 

もう本当に死ぬかと思った。(おおげさ…)

 

ようやく授業を終えて家路につく。

 

家に帰ったら動けなくなるのは分っていたので、

 

スーパーに寄り、水と食料品を買って帰った。

 

 

 

 

家に戻ると、スーツのままベッドに倒れ込んだ。

 

悪寒がしてきて、もう熱を測る気力もない。

 

それから日曜日の朝までずっと寝込んでいた。

 

ひょっとしてインフルエンザかも、と思う。

 

それなら、仕事を一週間は休まねばならない。

 

急に代講も頼めないし、後期試験もある。

 

やばいっ!

 

熱にうなされながらも、いろんな思いがよぎる。

 

考えても仕方がない、ていうか、考えられない。

 

何より、身体がしんどい、きつい、苦しいーっ。

 

 

このとき、

 

身体がしんどいのではないことに気づいた。

 

ただただ、しんど~い、苦しいーっ、しかない。

 

身体無しで、

 

しんど~い、苦しい~、だけが湧いている。

 

身体に感じていると思っている痛みや苦しさって、

 

腹立つ、うれしい、という感覚と同じもので、

 

身体とは全く関係がないことをこのとき智った。

 

 

僕は、これまで大病を患ったことがなく、

 

大きな肉体的苦痛も味わったことがないので、

 

本当に肉体的痛みを体験している方からすれば、

 

何を言ってるんだ、とお𠮟りを受けるかもしれないが、

 

肉体が存在しないのなら、

 

苦痛も肉体によるものではない。

 

ただ、そのイメージ(感じ)だけが顕われている。

 

 

もうこんなのいらない、こんな世界はうんざりだ、

 

だから、今後は兄貴の言うことしか聞かないし、

 

神以外何もほしくない。

 

熱にうなされながら(と言っても38度くらいだと思う)

 

ただただ、赦す。

 

(熱くらいで大袈裟な、どこまでもヘタレなボク…)

 

しかし、そんな僕の偉大な決意をよそに、

 

日曜日の朝には、僕の体調はあっけなく回復した。

 

まだ体はふらついているが、熱もなく、咳も収まった。

 

ジムで軽く運動しようかな、くらいの気力も出てきた。

 

しかし、大事を取って、日曜と月曜は寝て過ごした。

 

blog.hoshitani-shusaku.com

blog.hoshitani-shusaku.com

blog.hoshitani-shusaku.com

blog.hoshitani-shusaku.com

 

あ、そうそう、熱が収まった日曜の午後、

 

母から電話がかかってきて、出るなり、

 

「大丈夫なんか、あんた」

 

と言われたので、どうしたのかと聞くと、

 

「いやあ、なんか、変な胸騒ぎがしてな、

 

 あんたになんかあったんちゃうか、と思って、

 

 電話してみてんけどな、何も無いんか?」

 

と言う。

 

風邪で寝込んでいたことを説明すると、

 

もう家に帰って来なさい、と言われてしまった。

 

僕の母87歳、息子60歳。

 

母は今でも僕を大学生だと思っているようだ。